報告 社会活動協議会 

「渡良瀬川の慈しみ」―足尾鉱毒事件と田中正造
                          
 2013年9月15日(日)〜16日宣教部社会委員会主催の社会活動協議会が、足利教会、北川辺伝道所を会場に開催されました。今年は足尾銅山鉱毒事件の為に尽力した田中正造が召天して100年目の年であることから、足尾鉱毒事件と田中正造の足跡から学ぶことになりました。

 講師には太田八幡教会信徒の安田耕一さん(鉱毒被害地の農家育ち、部落解放活動に従事。)、北川辺伝道所信徒の荒井菊一さん(正造の墓所、加須市利島小出身。)をお招きしました。

 15日午後7時から足利教会にて、開会礼拝後に、安田耕一さんの講演「渡良瀬川の慈しみ」を聞きました。明治期の官尊民卑の社会背景の中で、足尾鉱毒事件は起き、渡良瀬川流域の被災農村の救済の為に、田中正造が国会議員という職を辞し、自身の財産を投じて救済活動を行った経緯が語られました。特に渡良瀬川遊水地建設の為に、栃木県旧谷中村が廃村となったが、「見よ、神は谷中にあり」との正造の言葉を引用し、その救済活動の基には「教会の外に立ち続けたキリスト者が実感される」と語られました。足尾鉱毒、広島・長崎の被爆、水俣病、東日本大震災による福島原発事故、いずれも国、企業の為せる業であり、被害救済等の解決は為されていない。正に「繰り返す苦しみと封じ込められる悲しみ」は続いていると報告されました。翌日16日は佐野市郷土博物館で正造の遺品等を見ました。マタイ伝と帝国憲法を綴じ合わせた物、新約聖書等々のみが遺された、献げ尽くした正造の姿に感銘しました。

 そして、旧谷中村を見、北川辺伝道所で荒井菊一さんの講演から聞きました。
 北川辺、利島の両村の歴史は洪水との闘いの歴史である。谷中村同様に肥沃の地であり、遊水地計画の時には、「相愛会」を結成し、正造、谷中村民と共に戦ったが、「谷中廃村」の結論に至った経緯が語られました。

 「明日のことまで思い悩むな。」マタイ6:34は正造の愛唱聖句であります。谷中村民の中で「神の国」を仰ぎ見て過ごしました。私達も田中正造に倣い、恐れることなく、神を畏れ、平和を破壊するものと戦い、神の国を求めて歩んで参りたいと決意を新たにした集会でした。台風の中68名の方が出席され無事に行うことが出来感謝であります
報告:本間一秀(川口教会牧師、社会委員会委員長)























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