報告 信教の自由と平和を求める2・11集会(2018年)
 
 2018年2月11日(日)午後2時半から大宮教会において開催されました。
 集会のテーマは−戦時下の宗教弾圧と私たち− 〜第二次世界大戦下における事例に学ぶ〜 のもと講師は小林 眞牧師(岩槻教会)でした。

 講演に先立ち開会礼拝では大宮教会牧師熊江秀一先生からコリントの信徒への手紙二5章13節〜19節から「キリストの愛に駆り立てられ」という題で説教いただきました。今の時代私たちキリスト者の生き方は「自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。」と私たちの生きる視点を力強く示して下さいました。

 礼拝後参加者一同関東教区「日本基督教団罪責告白・リタニ―」を司式者と会衆が交互に日本基督教団の戦時に犯し続けてきた罪責を反省し新たな思いをもって唱和しました。

 3時からは小林 眞牧師による本日テーマでの講演をして下さいました。
 先生は東海教区(静岡県)の浜松市にある遠州教会で33年余にわたり伝道・牧会を担当され、その遠州教会の戦時下の抵抗運動の様子や教団の戦時下の歴史を詳細な資料(講師が自ら調べ作成した講演に関しての年表を含む)を通して講演してくださいました。

 当日配布された資料に掲載されている項目を参考までに記します。
 【序】自己紹介など 【T】近代の天皇制 【U】日本基督教団の成立 【V】戦時中の日本基督教団の実態と過ち…戦争協力 【W】韓国併合時に、日本(軍)がなした蛮行(1910年〜1945年) 【X】戦後の宗教界反省の実際から  【Y】まとめ(今後へ)です。 

 先ず小林牧師は自己紹介をかねて市民運動との関わりの原点は中学時代の歴史の教師からの影響によるものであったことを話の突端とし、続けて日本基督教団の戦時下における歴史を、資料を通して説明され、この中で特に長く牧会された遠州教会の戦中、戦後の歴史を詳細な資料に基づき話されました。
同教会で46年間牧会・伝道された松本 美實牧師(1904.10.1〜1990.2.14 享年85)がおられ、同教会は福音に固く立ちつつ、ささやかながら「教会と社会」との問題に真剣に取り組んできたといえると思う。
 1931年(S6)に満州事変が始まるや教派を超えて、全国の規模のある教会に「戦争反対声明」を送付し、その理由は1)この戦争は負ける 2)戦争は殺人だからというものでした。
 1936年(S11)聖隷福祉事業団創始者である長谷川 保氏(1903.9.3〜1994.4.29 享年91)が建白書を浜松憲兵分隊長に提出したということです。その内容は次の通りです。
 「天皇及び皇室を、我が日本国の統法者として尊敬するものであります。しかし、彼はあくまでも人間であって礼拝の対象であるべき神ではありません。私どもキリスト教徒の礼拝対象である『聖書に示された神』について証言いたしますならば、神は天地宇宙の創造者であって支配者、すなわち歴史と人生を支配し、生と死を掌り、永遠の生命を与えて下さる方であって、我々はその神によって生き、救われるものであります。まことに彼は『王の王』であります。」あの時代このような建白書をもって明確にキリスト信仰を言い表した筆者は投獄を余儀なくされたとのことです。

 遠州教会はこのことばかりでなく日本基督教団が時局に流されていく中にあって飛行機献納運動に抗したり、敗戦末期浜松空襲が激しくなると人命第一の故に礼拝堂を解体して防空壕作りの材料に供することを臨時長老会で決議し、50人位は入れるその壕のおかげで多くの命が助かったということです。
 戦後も国家に対する抵抗の姿勢は受け継がれ1964年(S39)自衛隊創立10年を記念した「陸・空」自衛隊のパレードが浜松市内で行われた時、松本美實牧師は一人で「戦争準備反対」のプラカードを持って歩き、翌日の新聞に記事が載ったということです。そしてたった一人のデモがきっかけで「浜松市憲法を守る会」(事務所は遠州教会内)ができ毎月第2日曜日の午後に護憲行進を行い今日の2月11日で53年目、612回目になるということです。

 遠州教会の国家に対する抵抗に関しては松本牧師の力も大きいが、牧師を支えた長老会の働きも大きいといえます。
 この中から今の時代に生きる私たちキリスト者に対する指針が与えられたように思います。当日の参加者の内訳は 28教会、3伝道所、計118名でした。

写真はありませんが、動画をご覧ください。
            
熊江牧師⇒https://youtu.be/DS9-J1jsQuU

小林牧師⇒https://youtu.be/CyVgd3yIbf4
 
報告:後藤龍男(社会委員会、和戸教会員)





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