2011年12月のみことば |
先にゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが、後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは、栄光を受ける。闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。あなたは深い喜びと大きな楽しみをお与えになり、人々は御前に喜び祝った。刈り入れの時を祝うように、戦利品を分け合って楽しむように。彼らの負う軛、肩を打つ杖、虐げる者の鞭を、あなたはミディアンの日のように、折ってくださった。地を踏み鳴らした兵士の靴、血にまみれた軍服はことごとく、火に投げ込まれ、焼き尽くされた。ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられる。ダビデの王座とその王国に権威は増し、平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって、今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる。 (イザヤ書8章23節〜9章6節) |
2011年も残すところ、1ヶ月となりました。待降節に入り、イエス・キリストの御降誕を祝う、クリスマスを待ち望みたいと思います。 今年を振り返る時、何より3月11日の東日本大震災における被災のあまりに大きいことを思わざるを得ません。陸前高田にボランティアに行く機会があり、実際にその地に立って、被災の大きさに改めて驚き、人の力をはるかに越える自然の脅威を感じました。また今年は世界的にも、各地で大きな自然の災害が続きました。また大きなクーデターや経済不況など、人の力だけではどうすることもできないことが、本当に多くあることを思い知らされた一年でもありました。 12月に相応しいみことばとして、イザヤ書8章23節〜9章6節を選びました。まず、イザヤが預言をした時代背景について考えて見ます。 今から約3000年前、イスラエルにダビデ王国が誕生しました。ところがソロモン王の死後、紀元前922年に南王国ユダと北王国イスラエルに分裂してしまいました。その後、北王国イスラエルは紀元前722年に、北方の巨大な武力を持つ、アッシリア帝国の容赦のない侵略を受け、ついに首都のサマリヤが陥落しました。そのあおりを受けて、南王国ユダにも動揺が走り、多くの人々は、自分たちの国の将来に、言い知れない不安や恐怖を感じていました。この様な危機的な時代に、イザヤは預言者として召命を受けて預言活動を始めたのです。 23節に、「ゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが」と記されていますが、これはアッシリアに略奪された北王国を指していると思われます。サマリヤが陥落すると、占領政策によって異民族が移り住み、当然のことながら、異教の祭儀まで持ち込まれてしまいました。イスラエルの歴史は、主なる神に慈しまれ育てられたにもかかわらず、主を侮り、背いた歴史でもあります。ところが、不穏な情勢に意気消沈し、痛ましい暗黒の中にいる人々に、神はイザヤを通して、「大きな光」の到来を伝えたのです。どんなに背いても、愛なる神は、その人を裁かず、身代わりとしての救い主メシアの誕生を、イザヤを通して示されたのでした。 現在、私たちも不安をいっぱい抱えて生きています。思いがけない大災害に会われた人々にとって、この先どうなるのかという不安はどんなに大きいことでしょう。 不況が続き、就職しようとしている学生にとっても、氷河期とも言われ、なかなか仕事に就けません。今まで順調に生きて来たのに、ここに来てつまずき、苦しんでいる人もいます。人の持つ自信が簡単に崩れ去っていくことを思い知らされます。 しかしそんな私たちに神は語りかけて下さるのです。 9章1節には、「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」と記されています。「死の陰の地に住む者」とは、光の差し込まない、ひとたびその中に踏み込んだならば、生けるものの世界とは永遠に隔絶されたところを意味しています。驚くべきは、そのような所に光が差し込み、光り輝くというのです。神は、闇の中を歩む民を、決してそのままにはなさらないのです。神の憐れみ深い働きによって、光が与えられ、救出の約束が示されているのです。なぜでしょうか。神は人間を神の似姿に創られたゆえに、ご自身のごとくに愛して下さるからです。 2節には、「あなたは深い喜びと大きな楽しみをお与えになり、人々は御前に喜び祝った。」と記されています。あなたとは、神ご自身です。神が、死んだに等しい民を起こし、喜びと楽しみをお与えになり、恵みを増し加えられることを、人々は見て喜ぶというのです。そして5節には、「ひとりのみどりごが生まれた。」と完了形で示されます。この預言は、やがて将来お生まれになる、全世界の救い主の特徴を、明確に示しています。権威が彼の肩にあり、その名に4つの称号が与えられています。「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられます。 すなわち、このみどりごは、明確に神ご自身であり、驚くべき指導力を持ち、私たちがどの様に生きれば良いのかを示される、他の助言者を必要とされないお方です。また、力を持つ神であり、人々を永遠の神に立ち返らせるお方であり、何より、私たちに平和を与えて下さるお方なのです。しかも不義不正を許さず、公義と公正によって、王国を打ち立て、永遠に保って下さるのです。最後に驚くべきは、「万軍の主の熱意がこれを成し遂げる」というみことばです。これほどまでに、主なる神は、私たちを愛しておられることがわかります。人々を救いたいという主の熱意によって、みどりごの御降誕を実現され、私たちの救いを成就されたのです。 クリスマスとは、このような力を持った救い主がお生まれになった日です。 この世でどんな困難の中にあっても、私たちを救うために、共にいて下さる救い主を、父なる神がこの世に遣わされたのです。 私たちは何をすれば良いのでしょうか。神の愛を素直に受けるだけです。主イエス・キリストのことばに耳を傾けつつ、待ち望みましょう。 御降誕される主を仰ぎつつ、神に、感謝を献げましょう。 「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。同じように隣人を自分のように愛しなさい。」 |
長橋 晴子伝道師 (日野原記念上尾栄光教会) (ながはし はるこ) |
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