2018年2月のみことば

その人のしたこと

 さて、過越祭と除酵祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、なんとか計略を用いてイエスを捕らえて殺そうと考えていた。 彼らは、「民衆が騒ぎだすといけないから、祭りの間はやめておこう」と言っていた。 イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席に着いておられたとき、一人の女が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた。 そこにいた人の何人かが、憤慨して互いに言った。「なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。 この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。」そして、彼女を厳しくとがめた。イエスは言われた。「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。 貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」
                  (マルコによる福音書14章1~9節)

 日本の教会で親しまれる讃美歌に、『ナルドの壺』があります。「ナルドの壷 ならねど ささげまつる わが愛」と始まる歌です。この出だし、詞(ことば)のつながりとしては、実に滑らかで美しいのですが、残念ながら、日本語の意味が良く分かりません。けれども、この聖書の物語は、「ナルドの壺」のこうした歌詞によって、むしろ巧みに描き出されている様にも思われます。何故ならこの物語は、道理に適っているとは言い難い「一人の女」の振舞いを、イエス様が、「わたしに良いことをしてくれたのだ」と自ら肯定されることでのみ、成立しているからです。その点、歌詞の意味は通じないまま、教会では“良し”とされ親しまれて来たこの讃美歌にも、相通じるものがあるかと思われます。

 まず、イエス様が「この人」と呼ばれた、「一人の女」の名が明らかにされていない点は、合理性に乏しい彼女の行動が、“直感”の域を出ていないことを示唆しているかも知れません。けれども、ユダヤ教の祭司長たちや律法学者たちは、「なんとか計略を用いてイエスを捕らえて殺そうと考えていた。」という、切迫した状況を直感した?彼女の振舞いを、イエス様は受け入れられて、「世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」と明言されているのです。そこで、この発言に向けて収束されていく出来事の展開を、共に辿って参りたく思います。

 出来事は、「重い皮膚病の人シモンの家」で、イエス様が人々と「食事の席に着いておられた」際に起こりました。穢れを負うとして疎外された人々をも、分け隔てされなかったことがイエス様の常であったにせよ、「重い皮膚病の人」が健康な人々と「食事の席」を共にすることは、当時、許されておりませんでした。従って、彼の病は既に癒されていたのでしょう。また、展開に関わりない彼の名が、「シモン」とわざわざ記されているため、この「食事の席」は、かつてイエス様に癒された「シモン」さんが、精一杯の感謝を込めて招いた機会であったとも思われます。いずれにせよ、当時の習慣によればこの時は男性ばかりが、体を横たえ寛いで食事を共にしている場に、何故か「一人の女」が現れてイエス様の傍らに立ち、携えていた「石膏の壷」の首を折って、「純粋で非常に高価なナルドの香油」を、「イエスの頭に注ぎかけ」た訳です。一同、最初はただ呆然と、その様子を眺めていたことでしょう。そして、部屋中に立ちこめた、鼻を撃つ様な「ナルドの香油」の強烈な臭気で我に返った「何人かが、憤慨して互いに言った」、といった様な状況ではなかったでしょうか。

 「『なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。この香油は三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに。』そして、彼女を厳しくとがめた。」…「彼女」を「厳しくとがめた」「何人か」の名前は、伝えられておりません。けれども彼らが躊躇なく「彼女を厳しくとがめた」背景には、男尊女卑の時代において、食事を共にするに相応しくないと排除したい気分と共に、例えば「生活に苦しむ貧しい者に手を大きく開きなさい」といった律法の教えも、共有されていたことでしょう。「何人かが、…互いに言った」という描写によって、律法の大義名分に安住する仲間意識の類が、彼らの間で俄かに共有されていたと分かります。そんな彼らの発言は、律法を守るという“正義”に安住した言い振舞いへの反省を、全く欠いていました。ただ、この会食を設けた「シモン」が、「彼女を厳しくとがめた」「そこにいた人の何人か」の中に居なかったことは、確かでしょう。イエス様への精一杯の感謝をもって、この「食事の席」を設けた「シモン」には、同様にイエス様への思いを現す「この女」を、咎める理由がありません。むしろ、当時の習慣を破って彼女の闖入(ちんにゅう)を許したのは、律法の決まり事を踏み越えて彼に触れたイエス様にかつて癒された、「重い皮膚病の人シモン」自身であったのかも知れません。

 他方、「憤慨して互いに言い」募り「彼女を厳しくとがめた」「何人か」の内に、イエス様の弟子達の姿があったことも、間違いないでしょう。恐らくこの「食事の席」に居合わせた者は、イエス様に従って順に席に着いた面々で、それは殆ど、近しく従う弟子達だったと思われます。彼らがこの場に連なったのは、単に幸運な“役得”に過ぎず、イエス様の人気から推して、「シモンの家」の外には、待たされていた人々も居た筈です。しかもこの「食事」、移動を常とする彼らにとっては実にありがたい、久々の温かなご馳走であったことでしょう。その場に立ち込めた「ナルドの香油」の強烈さは、「純粋で非常に高価」「なぜ、こんなに…無駄遣い」といった表現からも伺われますが、せっかくのご馳走を目前にしながら、一気に食欲を萎えさせられた程の、激しい臭気への憤りなくして、「憤慨して」「彼女を厳しくとがめた」といった彼らの怒りは、説明し尽されないでしょう。確かに、「三百デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができた」とは、いかにも敬虔らしい理由付けですが、そもそも赤の他人の「この女」が、その財産である「ナルドの香油」を誰に施そうとも、彼らにとやかく言えた筋合いはありません。しかも、先生と慕うイエス様への惜しげない捧げものに、「無駄遣い」だの「貧しい人々に施すことが出来た。」だのとは、礼を失するにも程があります。当時の年収にも等しい「三百デナリオン以上」の大金に換えて、「貧しい人々に施すことができた」。…この一面的な効率主義、律法という正義に安住し、腹の痛まぬ他人様の施しを平然と咎め立てする愚かさ。弟子達の腹の底には、せっかくのご馳走の香しさを台無しにした臭気によって、食欲も失せたことへの生理的な憤り、極めて人間臭い思いが、渦巻いていたのではないでしょうか。

 こうした弟子達の振舞いに対するイエス様の言葉は、実に慈愛深く、同時に人間の本性を抉り出す鋭さをも秘めておられました。むしろ鋭さが過ぎた故に目を背けられ、本来の意味合いが見失われてしまった様にも思われます。この出来事は、四つの福音書全てに共有されながら、それぞれ展開が異なって分かれる不思議な物語です。が、「マルコによる福音書」に従って、「世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう」を道標として、進めて参ります。

 「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。」この女性は、惜しみない捧げものによって、イエス様への思いを精一杯、表しました。一方の弟子達は、この時、外で待っている仲間たち、即ち「いつもあなたがたと一緒にいる」「貧しい人々」に、食べ余した食事を運んで「施すこと」など、思い付きもしていません。ただ、自分達の食欲を満たす妨げとなった彼女の惜しみない捧げものに、「憤慨し」「厳しくとがめ」るばかりでした。即ちこの時点において、弟子達は、幼い頃より親しんで来た律法の教えも、日々従って来たイエス様の教えも、全て失念しておりました。「しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」とは、そんな彼らの心持ちを指摘された、精一杯暖かい、イエス様の言葉がけだったのではないでしょうか。そして、イエス様の眼差しは、再び女性に向かいます。「この人はできるかぎりのことをした。」これは、直訳では「持っていたものを行った」とされるべきギリシャ語原文が、意訳された表現です。携えた「ナルドの香油」を、場も弁えずに全て「イエスの頭に注ぎかけた」彼女の振舞いは、正に「持っていたものを行った」としか言い得ない程、短絡しておりました。けれどもイエス様は、そんな彼女の行動を、「前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた」と見事に意味付けられ、「世界中どこでも、福音」と共に「語り伝えられる」と、「はっきり言われ」ました。この世にあって信仰を持ち、イエス様に従おうとたどたどしく歩む者にとって、実に深い慰めの言葉でありましょう。

 聖書の言葉に密着して参りました。福音書でも埋もれかけた?この女性の業を証して参りたかったからです。「持っていたものを行った」としか表現できない程、短絡した彼女の振舞い。…その無敵の場違いさによって、図らずも彼女は、この世の状況なりの“正しさ”に安住したがる、人間の性分を暴いてしまいました。置かれた状況に安住し、体裁ばかりイエス様の御前に正しくあろうとした挙句、その状況に依存しながらこの世的な思いによって、自らの正しさを言い張る。…ご馳走への思いを妨げられた途端、型通りの正しさを振りかざして、イエス様の御前で女性を「厳しくとがめた」弟子達の姿です。この物語では、「重い皮膚病の人シモン」と「この女性」による、「できるかぎりの」感謝と施しが記されておりますが、尊い捧げものは、弟子達の食欲に絡む怒りに貶められ、再びイエス様が、信仰の証の業であると、愛をもって明言されます。「マルコによる福音書」の物語においては、この女性も弟子達も、名前を記されておりません。が、これは、私たち一人一人が、彼女の様にでも弟子達の様にでも、なり得るしあり得る、ということを示すためではないでしょうか。また、それぞれの福音書において、既にこの物語の展開が異なっていることは、弟子達の愚かな心持ちを、実は誰でも根深く抱え込んでいながら、その罪深さを直視し難いという、思いの表れではないかとも思われます。それでもイエス様は、「世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう」と、「はっきり言」われました。私たち一人一人も、「シモン」の様に、「この人」の様に、どの様な形にせよ、各々の賜物に相応しく、主なる神様の愛を受けて生かされている感謝の証をなし得ることを、信じます。

 最後に、讃美歌「ナルドの壺」について、お伝えします。「讃美歌21」においてこの歌は、「ナルドの香油」と改められ、冒頭の歌詞も「ナルドの香油 注いで 主に仕えた マリアを」と分かり易く、同時に味わい乏しく?改められました。歌詞の曖昧さ故に?親しまれた「ナルドの壺」でしたが、女性の名が「マリア」と特定された「ナルドの香油」は、「マルコによる福音書」の物語ともかけ離れてしまいました。ただ、「マルコによる福音書」のこの物語が、「世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では」「語り伝えられる」限り、讃美歌「ナルドの壺」も、どこかの教会で歌い継がれていくことでしょう。


本庄旭教会 柳瀬聡牧師
(やなせ さとる)





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