2019年7月のみことば

ステファノの殉教と福音宣教

 人々はこれを聞いて激しく怒り、ステファノに向かって歯ぎしりした。ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の右に立っておられるイエスとを見て、「天が開いて、人の子が神の右に立っておられるのが見える」と言った。人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めた。証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いた。人々が石を投げつけている間、ステファノは主に呼びかけて、「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言った。それから、ひざまずいて、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫んだ。ステファノはこう言って、眠りについた。サウロは、ステファノの殺害に賛成していた。
 その日、エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って行った。しかし、信仰深い人々がステファノを葬り、彼のことを思って大変悲しんだ。一方、サウロは家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた。
 さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。
                (使徒言行録7章54~8章4節)

 イエス様は、ユダヤの祭りである過越の祭りの時に十字架に架けられて死なれ、墓に葬られましたが、その後3日目に復活されました。これがイースターの出来事です。そして、イエス様は40日間使徒たちの前に現れて、ご自分が復活したことを確かな証拠をもって示されてから天に昇られました。その10日後のユダヤの祭りである七週の祭り、五旬節の日に、イエス様が約束された通り、聖霊が弟子たちの上に降りました。このことによって弟子たちに力が与えられて、福音が宣べ伝えられました。この宣教によって多くの人々がイエス様のことを救い主として信じるようになりました。信じて弟子に加えられた人の数は3000人ほどでありました。これがペンテコステの出来事です。これらのことを通して、イエス様のことを救い主として信じる群れである「教会」が誕生しました。

 このペンテコステの出来事のあと、イエス様を信じる弟子の数がますます増えていきましたが、一方で弟子同士の問題も増え、特に日々の分配のことでギリシア語を話すユダヤ人とヘブライ語を話すユダヤ人との間で対立が起こりました。そのため12使徒たちはその問題解決のために時間をとられて祈りと御言葉に専念するのが難しい状態になりました。そこで信仰と聖霊に満ちた評判の良い7人が選ばれ、彼らがそれらの問題解決にあたりました。もちろん彼らはギリシア語もヘブライ語も話すことが出来たと思われます。その選ばれた7人の中の1人にステファノという人物がいました。

 ステファノは教会内の問題解決にあたるだけでなく、民衆の間に入って行き、福音を宣べ伝えていました。ところがそれをよく思わない人々がステファノを捕らえて最高法院に引き出し嘘の証言をして訴え出ました。
 しかし大祭司の前に立たされたステファノは臆することなく大胆に答えました。アブラハムにはじまり、イサク、ヤコブ、ヨセフ、そしてモーセへと続くイスラエルの歴史を語りつつ、神様がどのようにしてイスラエルを導かれたのか、預言者を通して神様がどのように人々に語られたのかを語りました。そしてその預言者たちをあなたたちの先祖は迫害し殺したのだと最高法院の席に着いた者たちに説教していきました。この言葉を聞いて人々は激しく怒りを示しました。その場面が、冒頭にある聖書の御言葉であります。

 人々の激しく怒った怒りは、原文では、のこぎりで引かれるという意味の言葉が使われていますので、人々は相当に腹が立ち、はらわたが煮え返る思いでありました。一方ステファノは穏やかであり、聖霊に満たされて神様の栄光を見ていました。その見た光景を語ったステファノに対し、人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり、都の外に引きずり出して石を投げ始めました。処刑です。これはローマ当局の許可を得ていない方法です。ローマ当局の方法は十字架です。ところが証人たちは、自分の着ている物をサウロという若者の足もとに置いて、この処刑がユダヤの公式な手続きに基づいたものであることを示そうとしています。あくまでも自分たちの正当性を保とうとしているのです。ユダヤの公式な処刑の方法は、まず刑に処せられる人を引きずり出して崖から突き落とします。そしてその弱っている状態に加えて、人々が一斉に石を死ぬまで投げつけます。
 こうしてステファノは殺されてしまいました。主イエス・キリストの名による最初の殉教者です。聖書では、ステファノの死を「眠り」と表現しています。キリスト者の死は、主イエスにある平安と救い、罪に対する勝利と復活のゆえに、眠りなのであります。決して死で終わるのではありません。ここに私たちの希望があるのです。これが聖書の約束です。主イエス・キリストを信じる者は永遠の命を得ているのです。そして復活するのです。

 イエス様はこう言われました。
「はっきり言っておく。わたしの言葉を聞いて、わたしをお遣わしになった方を信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。」
(ヨハネによる福音書5章24節)

 主イエス・キリストによる確かな約束がここにあるのです。

 こうして殉教の死を遂げたステファノは、信仰深い人々によって葬られました。この信仰深い人々とは、ユダヤ人キリスト者のことです。彼らの行動は、大変勇気のいる行動です。もしかしたら自分たちもユダヤ社会から追放され、迫害を受け、殺されてしまうかもしれないという危険性があったからです。しかし彼らはこれらの行動を通してその信仰を表したのであります。
 ステファノの祈りと殉教の死を目撃し、ステファノを殺すことに賛成したサウロはこの日、気が狂ったように教会を荒らし、激しい迫害をしていきます。この荒らしという言葉ですが、原文では野獣が人間を襲う時の荒々しい様子を示す言葉を使っており、それは凄まじいものであったことを物語っています。この激しい迫害によって、使徒たちはエルサレムに留まっていましたが、そのほかの者は皆、ユダヤとサマリアの地方へと散らされていきました。ところが散らされた人々は、行く先々で福音を宣べ伝えながら歩いて行ったのです。
 このステファノの殉教と教会への迫害は一見すると、悲しい出来事、苦しい出来事にしか思えません。しかし福音宣教という面から見ると、全世界に福音が宣べ伝えられていくきっかけとなったのです。この時教会を大迫害したサウロ(のちのパウロ)は、やがて世界宣教の第一人者となって、御言葉を携えて遣わされて行きます。ここにイエス様の約束が成就したのです。

 イエス様はこう言われました。
「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」
(使徒言行録1章8節)

 こうして地の果てであるこの日本にまで福音が宣べ伝えられました。多くの方々の悲しみ苦しみ、そして祈りの上に私たちがあるのです。この福音に応じて、イエス様を信じるならば、永遠の命が約束されています。

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
(ヨハネによる福音書3章16節)


 神様は誰一人として滅びることがないようにと願っておられます。そのためにイエス様をこの世に贈って下さいました。感謝をもってイエス様を受け入れ信じて参りましょう。


深谷西島教会 塚本 望伝道師
(つかもと のぞみ)





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