| 2026年8月のみことば |
| イエスは山に登り、弟子たちと一緒にそこにお座りになった。ユダヤ人の祭りである過越祭が近づいていた。イエスは目を上げ、大勢の群衆が御自分の方へ来るのを見て、フィリポに、「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」と言われたが、こう言ったのはフィリポを試みるためであって、御自分では何をしようとしているか知っておられたのである。フィリポは、「めいめいが少しずつ食べるためにも、200デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えた。弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」 イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ5000人であった。さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、12の籠がいっぱいになった。 (ヨハネによる福音書6章3~13節) |
私事になりますが、今年1月にオランダを訪問しました。最近では、サッカーのワールドカップ2026で、日本代表第一戦の相手国として注目されました。自分にとってオランダのイメージは、日本史で学んだ日蘭関係より、アムステルダムの運河や街並み、そして風車が一番で、画家のレンブラントやゴッホ、さらにチューリップ、チーズ、ミッフィーが続きます。しかし今回は、シャロンのばら教会の会員のご家族を訪問することが目的でしたから、観光は控えめに。しかも1月は、一年で最も寒く、日照時間が短くて朝9時前にようやく明るくなり始めます。晴れることはほとんどなく、今回も大雪や氷結のニュースを心配しながら出かけました。より深刻な心配がもう一つ、ご家族の礼拝生活でした。お住まいは首都アムステルダムから鉄道とバスを乗り継ぎ、およそ1時間半のところです。 静かな小さい町ですが、キリスト教信仰がとても強い地域に隣接していて、教会が多くありましたが、近年その数が減っていることを知らされていて、礼拝に集うことが出来なくなることを心配していたのです。2015年のキリスト新聞に「西欧全域でキリスト者減少 各地で教会閉鎖相次ぐ」という記事が掲載され、その中には「極端なのはオランダ。同国のカトリック教会は、現在の1600教会の3分の2が10年以内に活動を停止すると見ている。プロテスタント教会も700カ所が4年以内に閉鎖されそうだ。」と記されていました。 残念ながら、その予測が当たってしまっていることです。2000年頃、人口の50%以上がキリスト教でしたが、現在は約30%で、50%以上の人が無宗教になっています。各地で教会は閉鎖され、レストランや式場、コンサートやイベント会場、住居やスケボーパークにも転用されているのです。すぐに壊さないのは良いところで、400年以上前に建てられた建物をうまく使い続けて、アムステルダムの美しい景観を守っていることに重なります。しかしキリスト者として礼拝に集うことを大切にしたい人たちにとって、教会減少は日々の生活の中で大きな課題です。 今回の聖句は「五千人に食べ物を与える」と小見出しがつけられたところで、それはとても印象的な出来事で、よく知られている箇所の一つです。それは聖書を読み、み言葉を聞くわたしたちにとって印象的であるだけではなく、福音書著者たちにとっても同様でありましたので、この出来事は四つの福音書すべてに書かれているのです(イエスさまの十字架の記事以外で四福音書すべてに共通する記事はそれほど多くない)。 イエスさまの周りに集まった群衆はおよそ5000人。それは当時の数え方で大人の男性だけの人数ですから、女性と子どもを加えればもっと多い人たちがそこにいました。群衆について「大勢」と繰り返しているのは、いかに多かったかを示していると思います。「この人たちに食べさせるには、どこでパンを買えばよいだろうか」とイエスさまに問われたフィリポが「めいめいが少しずつ食べるためにも、200デナリオン分のパンでは足りないでしょう」と答えています。それは200日分の賃金、約7ヶ月の収入でも足りない、少しずつ食べることにならない、ということですから、とてもとても多かったのであり、フィリポは「手に負えません」と言っているのです。 そうしているとアンデレが来て「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます」と告げました。手に負えない状況にあって彼は、これで解決できると思っているわけではありません。マルコによる福音書では「パンは幾つあるのか。見て来なさい。」とイエスさまに言われて、弟子たちは確かめにいきましたが、ヨハネによる福音書にはそのことが記されていません。もしかするとイエスさまとフィリポのやりとりを見ていた少年が、自ら持っているものを差し出したのかもしれません。「どうぞこれを使ってください」という真剣な思い、純粋な思いで。しかしアンデレは言いました、「こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」 大群衆に対してパン五つと魚二匹では足りないのは当然で、「何の役にも立たない」は言い過ぎかもしれませんが理解することができるのです。しかし、イエスさまは「人々を座らせなさい」と言われました。「足りない」、「何の役にも立たない」と言う二人の弟子をかき分け、一歩前に出られたのです。何の役にも立たないはずのパンをイエスさまはお取りになり、感謝の祈りをされました。「足りないから与えてください」の祈りではありません。感謝の祈りです。そして人々にパンをお与えになりました。 イエスさまは次に、何の役にも立たないはずの魚をお取りになり、感謝の祈りをされ、人々に与えられました。「欲しいだけ分け与えられた」と書かれていますから、フィリポが言った「めいめい少しずつ食べる」ではありません。人々は「満腹」し、残ったパン屑は12の籠いっぱいになりました。少年の「パン五つと魚二匹」を見、イエスさまのお姿を見て、他の人たちが自分の持ち物を共有した話しではありません。「人々が五つの大麦パンを食べて」と重ねて書いているからです。 これはイエスさまのみ業です。イエスさまが「パン五つと魚二匹」を用いてくださったのです。ヨハネによる福音書でこの記事は、後の「わたしが命のパンである」というイエスさまのみ言葉につながっていきます。しかしその前に、「人々が満腹した」ことが大切です。人の手に負えない状況、持っているものがまったく足りず事態の解決を図ることが出来ない状況、そこでイエスさまが小さなものをも用いてくださり、祈ってくださり、与えてくださる時、みんな笑顔であったと思うのです。腹が満たされただけではなく、心も満たされた笑顔であったと思うのです。 オランダのご家族とお会いしたのは土曜日で、恒例の市場へ誘われました。農村地帯が広がる町の中に小さくまとまった中心街。いくつかの商店や施設が並ぶ場所のまん中に見事なカトリック教会が建ち、その周りを市場の出店が囲んでいました。楽しみだったチーズをパンといっしょに食し、絵はがきを買い、昔の映画館を多目的利用に改装した建物や公園に出かけて、とても寒かったけれどもたくさんお話しもして、よい訪問になりました。 次の日、日曜日は「近くには他の教会がもうなくなったから」と言われて、前日のカトリック教会へ。礼拝開始を知らせる鐘が鳴り響く中、入堂。伝統的なかたち、予想していたより多くの参加者、そして始まるとプロテスタントの礼拝で、「これはいったいどういうことか」と少し混乱しました。ご家族も事情をご存じでなかった新しい状況で、カトリック教会として使われなくなってから協議を重ね、改修を行って現在に至るとのことでした。 平日は、コンサートやイベント会場として利用され、日曜日はプロテスタントのグループが礼拝のために使用しています。そのグループとは、地域にあって教会堂を失った人たちが中心で、いくつかの教派が祈りと力を合わせて礼拝を行っているとのことでした。たいへんな喪失の痛みを経験し、なお仮住まいのような教会で、今のご苦労も相当だと思われました。「足りない」、「何の役にも立たない」と感じてしまうような経験をたくさんしてこられたと思います。しかし諦めることはありませんでした。信仰によって新しいことを生み出してきました。 その日そこで行われていた礼拝は、とてもよく準備されたもので、仮住まいを思わせることは何もありませんでした。伴奏はパンフルートで、天井の高い会堂の中で美しく響いていました。教師が二人遣わされていて会衆に語りかけ、少人数の聖歌隊が賛美を導き、若者たちが子どもたちに働きかけていました。礼拝だけが行われて他の集会は何もない、受付がないので旅行者も皆と同じ、印刷物は週報だけで教会案内も貸出用の聖書や讃美歌もなし、(献金はQRコード)、そこに家族が集まり、学生グループが集まり、笑顔笑顔の礼拝。前日の市場も笑顔でしたが、もう少し落ち着いた穏やかな笑顔。これで一週間が始まる! これがイエスさまのみ業! フィリポのような自分、アンデレのような自分を大いに反省し、イエスさまの恵みを「少しも無駄にならないように」することの大切さを学びました。 (今回の旅ではうれしかったことがもう一つ。2026年は「オーロラの当たり年」と言われ、1月は「100年に一度の大きな磁気嵐が発生」したそうなのですが、その恩恵にあずかり機上から空に広がるオーロラを横から見ることが出来ました。) |
| シャロンのばら教会 鈴木証一牧師 (すずき まさかず) |
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